死ぬまで海外ドラマ(死ぬ海)

アメリカ、イギリス、中国と欧州各国のドラマ。

"実話"ものの難しさ ~『グラスゴーの連続殺人鬼』[英](2016)  


ここのところずーっと、余り思い入れの無い作品については製作年代の近い他の作品とセットで書いて来ましたが、段々むしろその"セット"を探すことの方が厄介になって来たので、もう粗製乱造を恐れず
見た先から単品で書いてしまうことにします。(笑)


グラスゴーの連続殺人鬼


『グラスゴーの連続殺人鬼』(AXNミステリー) (allcinema)

内容

スコットランド南部で8人を殺害した実在の事件を描く衝撃作!
1956年〜1958年のわずか2年の間に、スコットランド南部で8人を殺害したとされるピーター・マニュエル。実際にはさらに多くの犠牲者がいると推測され、彼の残忍で凶悪な犯行は、世界の報道関係者の注目を集めた。逮捕後、一転して無罪を主張し続けたマニュエルは、裁判で自ら弁護人を買って出るが、1958年に死刑となる。(公式より)


感想

・"実話"ものは難しいんですよね。
・劇中の一つ一つの現象について、普通ならその"意味"をめぐって「作者」と対話しながらこちらの見る行為は形成されて行くわけですけど。
・"実話"の場合は単に「事実」であって「作者」もくそもないというところがあるので、何が起きてもああそうですかと流して見てしまう。
・勿論"創作"の部分もそれぞれにあるんでしょうけど、そんなことこっちには分からないですからね。
・究極にはその「事実」の「作者」としての"神"と対話することは不可能ではないわけですけど(笑)、そこまでのことには普通はならない。(笑)
・要は「意味」を取りにくい、それによって感情移入のアングルを見つけ難いと、そういうことですが。

・この作品もその例に漏れないと思います。
・特に苦労している感じが窺えたのは、"連続殺人鬼"ピーター・マニュエルの描き方で。
・たいていのシリアル・キラー物は、そのシリアル・キラーの独特のパーソナリティや知能犯ぶりなどを"劇"的に描くことで、ある意味で観客を魅了する、作品に興味を抱かせるのが常道なわけですが。
・実在の犯人だと、増してそこまで有名でない人だと、なかなかそうもいかない。
・美化する/カッコ良く描くのは"実在の"被害者の手前やり難いでしょうし、"独自解釈"を加えるにしても元が知られていなければ何のこっちゃという話ですし。
・このピーター・マニュエルも一応知能犯の部類ではあるんですが、せいぜいがずる賢いというレベルで魅惑されるほどではないですし、ただただ気持ちが悪い、早く消えてくれないかなと、およそ"感情移入"とは無縁の態度で見ることになってしまいました。
・そのマニュエルを追う刑事役の人が『シェトランド』の人(ダグラス・ヘンシュオール)で、この人は結構好きなので、その再会は嬉しかったですが。
・まあなんかこちらも普通のおっさん刑事でしたけどね(笑)。"実物"(マンシー刑事)に似せたらしいんですが、そう言われても元を知らない側からするとそれも・・・という。
・そもそも日本人に見せるのが間違いなのかもしれませんが、それだけでもない気がする、どうも色々なことを気にした挙句に手堅いだけで特徴のよく分からない作品になってしまった、そういう印象をどうしても受けます。
・事件は実話でもドラマとしては"作者"がいるわけで、やはりドラマを見る時はその作者の具体的な"感情"のありようを、なるべく感じてこちらも反応したいもの。
「"あの"事件の本当のところはどうだったのか」という、そういう興味の持ち方以外可能な作品なのかなあ、これ。
・身近にイギリス人の方がいたら、聞いてみて下さい。(笑)

・割りと好きだったのは、事件解決に奮闘するマンシーを、助手的に支える婦人警官/女性刑事との間で生まれる「同志」的な感情かな。
・結構地位の違いを越えて、気安い感じ。(笑)
・"男女平等"というより"異性ゆえの気安さ"という感じで、割りとイギリスの刑事ものではよく見かける風景な気がします。
・いざという時すっごい"懐"に入って来ますよね、イギリスの女の人って。
・アメリカの"張り合う"感じとはまた違う。
・そういえば『シェトランド』でのペレス警部と"トッシュ"との関係も、そういうところがありました。
・ああいうの好きですね僕。
・上下関係があるのが、むしろ味という。
・学校や部活の"後輩"とかに近いのかも知れない。「先輩」として立てながら、結構厳しいことを言う女の後輩。(笑)
・そんなところです。
・全3話。


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Posted on 2017/07/25 Tue. 12:33 [edit]

category: 2015-2019年のドラマ(イギリス)

thread: 海外ドラマ(UK) - janre: テレビ・ラジオ

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コメント

まあ感想時の常套句ではあるけれど、感情移入って必要かな、といつも思う。
ああ、こういう人間がいるんだ、という人間に対する興味があれば(少なくとも俺には)不要。
あと、事実と真実は違う(芥川の「藪の中」の如し)。
事実はどうあれ、作り手の真実(解釈)を楽しめばいいだけ。

URL |  #-
2017/09/17 16:08 | edit

うーん、それはそれこそ"常套句"というか、単なる言葉の問題じゃないでしょうか。そういう論争があるらしいのは、知ってますが。
「興味」という言葉を狭く、「感情」という言葉を大げさにとればあなたのような言い方、分け方になるでしょうが。
「興味」だって「感情」の一種だとも言えるわけですし、本当に「無感情」な状態があるとすれば、それは精神病理学的な状態ではないかと思いますが。
「事実」と「真実」が違うというのも、それ自体は当たり前過ぎて、そうですねとしか言いようがありません。
それで具体的に、この作品ないしはそれについての僕のコメントに、何をおっしゃろうとしているんでしょうか。

URL | アト #/HoiMy2E
2017/09/18 08:32 | edit

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