死ぬまで海外ドラマ(死ぬ海)

アメリカ、イギリス、中国と欧州各国のドラマ。

『ダウントン・アビー』(2010)[英] 終了  





『ダウントン・アビー』(NHK総合) (Wiki)

内容

イングランド郊外にたたずむ大邸宅“ダウントン・アビー”で暮らす貴族グランサム伯爵一家の内情を、センセーショナルかつ当時の社会背景を盛り込みながら描いた「ダウントン・アビー」。
舞台となる大邸宅には実在の古城でのロケが含まれているほか、時代設定に忠実に再現された豪華な衣装や調度品といった美術セットが作り出す重厚感のある映像美も圧巻だ。(番組公式より)


感想

ひょっこり終わっていた『ダウントン・アビー』。
凄く好きでした。・・・いち時期
・でも終盤はかなり惰性で、特にクオリティが落ちた感じはしないんだけど、はて俺はこのドラマの何がそんなに好きだったんだろうという感じにもなっていましたが。
・イッテQでデヴィ夫人が絶賛していたのは、やっぱり美術とか優雅な雰囲気とかかな?(笑)

・サーチしてみたら、ツイッターでの興味深い"証言"を発見。
自分自身の。(笑)
・2014年。

・2015年。

・いやあ、書いておくもんですね、独り言でも。(笑)
・自分的にはこの二つのツイートで、かなり的確にそれぞれの時期の状況が分かりました。

・NHKがすぐサイトを消してしまうので、正確な情報を探すのに苦労しますが、整理すると。

  2014年春 シーズン1放送開始 →最初のツイート
  2014年11月30日 シーズン2放送開始 →二つ目のツイート
  2015年3月8日 シーズン3放送開始

2015年12月 ブログ開設 ・・・"Sランク"に位置づけ。
  2016年1月10日 シーズン4放送開始 ・・・初回放送時に最後のツイート
  2016年12月4日 シーズン5放送開始
  2017年5月7日 シーズン6放送開始


・・・となっています。
・これに従って流れを追うと。

1. シーズン1。クオリティは認めつつも、内容には興味を抱いていない。
2. シーズン2。ハマる。"クオリティ"そのものに驚嘆。
3. シーズン3終了時。「S(最高)ランク」評価継続中。
4. シーズン4開始。その初回についてのツイート後、言及しなくなる。(飽き始めている?)
5. シーズン5。ドラマの特に"感動"性の評価についての限定的なコメント

"別れ"の場面では、このドラマには珍しく、結構本気で泣きました。
・・・一応「人間ドラマ」という括りではあるんでしょうけど、ぶっちゃけこのドラマ見てる時って、ほとんど知性しか使わないですよね。(笑)

6. シーズン6。終幕に向けて、総括的な"距離"を置いたコメントが頻出する。
 「大邸宅ダウントン・アビー」の、リアリティ不足。
 「大河ドラマ」性の否定。
 「"同窓会ドラマ"化」の指摘。

・・・ちなみに全シリーズ終了後の2017.8.2現在では、"Aランク"評価に落ち着いています。(笑)

・これら色々言っていることには、"元々"そうだった部分と途中から"変わった"部分があって。
・まず"変わった"部分について言うと、ドラマの存在が大きくなり、一方で原作があるわけでも直接史実に基づいているわけでもなく、スタッフの匙加減や世間の要望一つで帰趨を決められるという基本的な状況の中で。
・ドラマ『ダウントン・アビー』は段々と、"ドラマ『ダウントン・アビー』"の為に存在するようになって。
・つまりドラマをドラマとしてつつがなく収めることや、馴染みの登場人物たちの"その後"を描くことそのものに重点が移行して。
・言わば本編を使って"外伝"や"後日談"が描かれているような状況に、なって行ったのではないかなと。
・結局シーズン6までやったわけですが、既にシーズン5の最後にこんな感想を、僕は述べています。

なんかあちこちの"カップル"に、バタバタと幸せ(または決着)が訪れた回。(笑)
実際には次シーズンで終わりですが、この時点でそういうつもりもあったんですかね。

・"ちゃんと"終わらせようとした、あるいはいつ終わってもいいように備えた、それ自体は(もしそうだとしても)別に悪いことではないんですけどね。
・ただそれによってやたら状況が動くようになって、"ストーリー"性が比重を増して来て。
・それがつまり、シーズン6終盤のこの感想

続々とそれぞれの"新天地"or"新境地"が定まって行ってますが、ただこのドラマは元々は「大河」ドラマではなくて「アンサンブル」ドラマなんですよね。
だから本来、"時間の経過"を追うことにそれほどの意味は無くて、そういう意味では好きだったドラマの"残骸"を見守っているようなところはあります。

・"残骸"、または"後日談"。(笑)
・そして「同窓会」ドラマと。

・改めて振り返ると、僕は当初からこのドラマで"描かれている"こと自体には、余り関心が無かった。(ツイート1)
・ただその描き方、貴族の邸宅とその周辺に限られた密室的な環境で繰り広げられる、ある意味では陳腐な人間関係と各俳優の演技の織り成す"アンサンブル"、その見せ方の密度と手際の一種音楽的な見事さに、感銘を受けていた痺れていたと、そういうことだったわけです。(ツイート2)
・ほぼ「知」的にのみ楽しんでいたというのも、そういうことですね。
・それがまあ、シリーズを追うごとに各キャラクターに"歴史"が積み重なり、ファンや製作者のそれぞれへの"愛情"もかさんで行くにつれて(想像)、全体のアンサンブルよりも個々の行く末、「パズルのピース」ではなく「生身の人間」としての各キャラクターに焦点が移って行って。
・それによって元々の面白さは少なからず損なわれることになったと、そう僕は感じたということです。
・みんながみんなそういうドライな見方をしていたとは思いませんが、ただこのドラマが豪華な邸宅と上流貴族の華麗な生活を一種"美術"的に描くことに大きな売りがあったこと(『ダウントン・アビー 華麗なる英国貴族の館』NHKでのタイトル)、そして21世紀の民主主義社会の視聴者がダウントンの住人たちに最初から親近感を抱けるとはとても思えないこと(笑)を考えれば。
・そんなに偏った/製作者の意図に逆らった見方だとも思えません。
・まあ長期シリーズのキャラクターに思い入れが生じること自体は当然なので、後は全体とのバランスの問題ではあるわけですが。
・僕としては少し、キャラクターが"生身"化し過ぎたかなあと。当初あった冷徹さ、登場人物たちの最も濃密な感情の行きかいすら、「構造」として回収して行くような距離感が失われたのが、残念でした。
・端的に言って、ちょっと救い過ぎというか。だったらシビル(三女)も殺すなよという。(笑)
・一方で逆に、アンナのレイプ事件とかは生々し過ぎて、無い方が良かったなと思ったりしますし。
・人物中心に無理やり"ドラマ"を作ろうとするから、あんなことになるのでは?という。

・...まあ案外単純に、「長期連載によるネタ切れ」に陥ってたのかなあと、思わなくもないです。
「終わりにしたいんだけど、編集が終わらせてくれないんだよ!!!」という。(笑)
・やはり最初にあったのは、『見事な"絵"』のイメージだけだったのではないかなと。
・そんなに本格的に、"ドラマ"にするつもりは無かった。


こんな感じです。
何か非常に"残務整理"的ですが、ドラマ自体も「時代の後始末」が終盤のメインのテーマでしたから、まあいいんじゃないでしょうか。
楽しませてもらいました。一つの時代が終わりました。(笑)


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Posted on 2017/08/02 Wed. 21:52 [edit]

category: 2010-2014年のドラマ(イギリス)

thread: 海外ドラマ(UK) - janre: テレビ・ラジオ

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