死ぬまで海外ドラマ(死ぬ海)

アメリカ、イギリス、中国と欧州各国のドラマ。

"実話"ものの難しさ2 ~『リリントン・プレイス エヴァンス事件』(2016)[英]  




『リリントン・プレイス エヴァンス事件』(AXNミステリー) (allcinema)

内容

1943年~1953年の間に8人以上を殺害したジョン・レジナルド・クリスティが犯した実在の事件を映像化。本編中で描かれる「エヴァンス事件」は、英国犯罪史に残る凶悪事件で、冤罪事件として物議をかもし、1965年の英国における死刑制度廃止に大きな影響を与えた。
1950年、ティモシー・エヴァンスは、妻ベリルと娘ジェラルディンを殺害した罪で絞首刑となる。一度は自ら罪を認めた犯行であったが、その後エヴァンスは「無罪」を主張。しかし、二転三転するエヴァンスの主張は認められず刑は執行され、その背景に隠されていた恐ろしい真実は数年後に明らかになる…。(公式より)


感想
・全三話。
・うーん、よく分かんない作品でした。
・何が言いたかったんでしょう。
・この前も言ったように実話ものは難しくて。
・フィクションならばまず"言いたいこと"があって、それを表現する為に"事件""出来事"を設定・構成するわけですけど。
・実話ものの場合「出来事」は既にあるわけです。
・そしてそれは基本的にはただあるのであって、何か"言いた"がっているわけではない。(笑)
・それは作る側で改めて設定しないといけないわけですが、作り事でも難しいのに、事実と相談しながら"言いたいこと"の説明に出来事を使役するのは、かなり難しい、少なくともフィクションほど効率は良くない
・勝手にドラマチックなor納得的なオチをつけるわけにもなかなかいかないですし、終わってみて「だから何?」みたいな気分になる確率がかなり高い。
・犯罪物の場合、"言いたがっている"とすればそれは犯人なんですけど、しかしそもそもたかだか犯罪の犯人の言い分などに、そんなにいつもいつも聞くに足る内容があるとは思えない。
・それが"歴史的"人物などの場合は、その人がやったこと自体に意義、つまりは「公共」性があるので、こちらとしても興味は持ち易い。
・これら二つの中間にあるのが、「切り裂きジャック」を筆頭とする、超有名な犯罪でしょうか。
・それを想起する時に、同時に"時代"を"歴史"を、想起せざるを得ないような。
・勿論全ての人間に"ドラマ"はあるので、例えば「小説」のような形でじっくり掘り下げてからなら、その"ドラマ"化にもそれなりのスムーズさ、メッセージ性を持たすことは可能だと思いますが。
・オリジナル脚本では、なかなかそこまでのものは難しいと思います。
・所詮ドラマなんて、その脚本なんて、本質的には事実のパッチワークですから。
・何かを「単純化」するところに、その技術の本体があるというか。
・「原作」があるものと無いものの違いは、ドラマを見慣れた人ならものの数分で分かりますよね。(笑)
・やっぱり全然、単位時間当たりの情報量が違う。

・このドラマは「事件」の内容的には、前回の『グラスゴーの連続殺人鬼』よりは興味深そうに見えたので。
・むしろドキュメンタリー的に、もっと客観的に作れば、結構見られるものになったのではないかなと感じます。
・...ていうか身も蓋も無いことを言えば、"実話"はドラマにするよりも、ドキュメンタリーにした方が面白くするのは全然簡単だと思います。NHKに任せておけばいいというか。(笑)
・逆に「ドキュメンタリー」の中で、視聴者サービスのつもりなんでしょうけど、時々挿入される「ドラマ」シーンの間抜けなことダルいこと。
・あれがつまり、「実話のドラマ化」だと言ってしまうと、余りに無慈悲かも知れませんが。(笑)
・このドラマを実際に導いているモチベーションは何かというと・・・犯人役ティム・ロス
ティム・ロス
の演技ですかね。ある意味ノリノリの。
・ティム・ロス(『ライ・トゥ・ミー』など)自身は、かなり"意義"を見出して、この作品をやっていたんだろうなというのは伝わって来ます。
"常軌を逸した"連続殺人鬼の人物像を、俺の演技で表現してみせると。
・成功・・・していたんですかね?よく分かりません。
・これもまた同じことですが"実話"ものの難しいところで、「言いたいこと」が分からなければ表現"出来て"いたのかどうかもよく分からないですし、なまじ実物がいるので"的確"なのか"似ているのか"という、一般視聴者にはおよそ判断不能な問題もどうしても残るわけですし。
「なんか嫌な奴だな」というのは、伝わって来た気がしますが。(笑)
「大した理由も無く、自分のささやかなプライドの為に殺したらしいな」と。
・それで・・・いいんですかね?(笑)
・分かりません。
・演技自体も、"熱演"ではあるんですけど、ちょっとクドいかな。"溺れている"感じがするというか。
・元々クドさが持ち味なのは、『ライ・トゥ・ミー』でもよく分かるわけですけど。
・設定や脚本の支えが不十分な状態であれをやると、かなり鼻につくというか、自己愛丸出しで間抜けに見えるというか。
田村正和を越えて木村拓哉の域に近付いてしまっているというか。(笑)
やめましょう。(笑)

・というわけで、ドラマとして破綻しているわけでも特にチープなわけでもないですけど、余り伝わって来るものの無い作品だったかなと。
・製作者が犯人をどう思っているかすら、結局はよく分かりませんでした。
・特に「なぜ赤ん坊を殺したことだけは否定した」のかは、せっかくドラマなんだから追求してみれば良かったのではないかと。
・「分からないから分かりません」では、じゃあ何で作ったんだという話に感じます。
・残念でした。"そういう事件があった"ということしか、見て分かることがなかったというか。
・"冤罪事件"であることすら、特に追求されているわけでもないし。
・どうしたかったの?という。


スポンサーサイト



Posted on 2017/08/22 Tue. 20:44 [edit]

category: 2015-2019年のドラマ(イギリス)

thread: 海外ドラマ(UK) - janre: テレビ・ラジオ

tb: 0   cm: 2

コメント

こんばんは

モヤモヤが残るドラマでしたが、私は、
夫がどういう人間かわかってても、くっついていないと女が食える道がほとんどなかった時代の夫婦のドラマとして見ました。
不気味なティムは、この人の特徴の嫌な部分が前面に出てて、
ライ・トゥ・ミーではちょっとかっこいいのか?と錯覚させられてましたが、
そうそう、この人ってこういう生理的嫌悪感を持たせるなー、とホッとしました。。

URL | びー #-
2017/08/29 20:56 | edit

こんばんは。
この"夫"は「9年間音信不通」だったわけで、多分この奥さん自体はそれなりに自立して暮らしていた方だったんでしょうけどね。
ただいったん"夫婦"になってからのかばい方には、確かに時代を感じました。動機としては要は「面子」ないし「名誉」なんでしょうけど、自明の前提としての夫婦の一蓮托生感が、やはり凄く強い。"冤罪"の片棒をかつぐことの罪悪感とかは、ちらっと頭をよぎるだけみたいな感じでしたね。
現代でも対象が(自分の)子供とかならばある描写ですけどね、夫婦だと違和感感じますね。
ライ・トゥ・ミーは好きでしたけどねえ、これはちょっと単なる嫌な奴でしたね。(笑)

URL | アト #/HoiMy2E
2017/08/30 02:54 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://atlanta2015.blog.fc2.com/tb.php/125-781eb41e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

リンク

最新記事

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

amazon.co.jp

最新コメント

ブログ村

RSSリンクの表示