死ぬまで海外ドラマ(死ぬ海)

アメリカ、イギリス、中国と欧州各国のドラマ。

"FUZE"海外ドラマ特集/感想 #2,#3,#4  

m-flo・Taku×田中宗一郎(元ロッキング・オン)対談三つまとめて。
どちらかというと、"語り手"Taku"聞き手"タナソウという構成ですが。


#2
2010年代の海外ドラマ革命、それは「クリエイターと産業、ユーザー」の三者が手を取り合った「20年の歴史」の結晶である 対談:☆Taku Takahashi(m-flo/block.fm)×田中宗一郎

総論的対談ですけど・・・タイトル盛り過ぎ(笑)。そんな包括的体系的内容では。
全部繋ぎ合わせれば、確かにそうなるけど。ある意味上手い。(笑)

Taku: ユーザーの質、リテラシーもめちゃくちゃ高いと思いますし。


映画のヒットの仕方を見てるとアメリカ人(も)馬鹿だなあとしか思わないですけど、ドラマのヒットの仕方には時々ひびらされますね。
『ザ・ソプラノズ』が批評家の評価が高いのは当然ですけど、中高生年代含めて押しも押されぬ人気作らしいのには驚きましたし、『ゲーム・オブ・スローンズ』がヒットするのは分かるけれど、そこまで(ドラマ界の"スター・ウォーズ"的な?)モンスター的なヒット作になってるというのも驚き。(こちらは世界中らしいですけど)
ソプラノズは一応"マフィア"ものとはいえくそ地味ですし、スローンズは一応"ファンタジースペクタル巨編"として見られるとは言え、冗談抜きで子供はお断りの内容ですし。
一つの推測としては、「映画」だと玉石混交漠然と拡散的になってしまう"ファン"が、ドラマだとより集約的に表れる、馬鹿の大声に心ある人の声がかき消されないのかなというのと、もう一つは一般に地位の低いテレビドラマを真剣に見ようという層は、元々多かれ少なかれ批評的なタイプなのかなという。

Taku:ある意味、アメリカってずるいんですよ。何がずるいかっていうと、俳優を雇える分母が違うんですね。アメリカだけでも広いけど、それ以外にイギリス人やオーストラリア人も、アメリカ訛りで喋ってたら雇えちゃう。


ほんとにね。
ここでは主に"国籍"が例に引かれてますが、"アメリカ国籍"の人に限っても、アメリカの俳優・女優の、凄まじい層の厚さ、次から次へと新しいタイプの魅力的な人が登場する底の見えなさは、海外ドラマ歴が長くなればなるほど、日々驚きの増すところです。だから飽きないというのもあります。
それはある意味、監督や脚本家の想定すら越えて来るんじゃないですかね。だからそう簡単に行き詰まらない。
「映画」の世界になると、むしろ日本のテレビドラマとそんなに大差ない、一部の人気俳優の使い回しみたいな傾向が見えますが。勿論少しマイナーな層には面白い人が沢山いるんでしょうけど、テレビドラマの場合看板クラスのA級作品でも、既に多様性と新鮮さが確保されているのが素晴らしい。



#3
『ゲーム・オブ・スローンズ』が描く「独りよがりな正義や愛の衝突」と「罪や後悔から生まれる本物の絆」の世界 対談:☆Taku Takahashi(m-flo/block.fm)×田中宗一郎

その『ゲーム・オブ・スローンズ』
基本スペックは、ドラゴンやゾンビが活躍する"ファンタジー巨編"ではあるんですがその本領は。

Taku:「腐敗した世の中で、どうやってキャラクターたちが暮らしていくか?」っていうのがポイントなんです。たとえば、その世界のしきたりに従ってのしあがる人もいれば、そこに真っ向勝負を挑む人もいる。いっぽうで、「ここは変えたいんだけど、今攻めるとこじゃないから、ちょっと様子を見ておこう」っていう人もいたりとか。その巧みな人間描写が、我々の社会の在り方をすごく反映しているんですよね。


なかなか上手いまとめだと思います。
一つ付言しておくと、"腐敗した世の中"というと舞台となっている一種の「戦国時代」が、"たまたま"腐敗しているというようにも聞こえてしまうかも知れないですが、そうではなくて「世の中」は常に「腐敗」しているというのが、『ゲーム・オブ・スローンズ』の世界観だと思います。
最近の日本のアニメやラノベで、よく「現実というこのクソゲー」的な言い方が出て来ますが、あれに近いです。
クソゲーであるのはしょうがない。それを前提にどう生きるか、どう"ゲーム"をプレーするかそれを描いていると、そういう紹介の仕方をしても、多分大きな間違いではないと思います。
実際そうした前提に基づいた、時にリアリズム時に理想主義的に描かれる、『ソード・アート・オンライン』あたりに(ブームが)始まる日本の「電子異世界」ものは、「世界」や「人間」についての『ゲーム・オブ・スローンズ』とも似たなかなかに鋭い洞察に溢れたものが多くて、満更馬鹿に出来ないと思います。スローンズの原作者もばりばりオタクですし、クリエーターとしての"世代"感は結構似てるんだと思いますけどね。

田中:『スター・トレック』はその時々の社会を描くのにあえてサイエンス・フィクションを使ってる作品だと思うんですね。そういったところでは『ゲーム・オブ・スローンズ』とも共通点があると思うんです。


これもほんとにそうで、『ゲーム・オブ・スローンズ』の出現によって、僕の中の"オールタイムベスト"の順位が下がる被害を、『スター・トレック』シリーズは集中的に受けました。(笑)


Taku:僕もティリオン大好きなんですよ。ティリオンは、僕らと同じ視点を持っているように感じますね。シーズン6の、あのデナーリスが〈王の手〉の紋章を渡したとき、号泣ですよ。
田中:わかります(笑)。世間だけでなく肉親からも蔑まれていた彼が、初めて赤の他人から信頼の証しを受け取るシーンですよね。


僕もティリオンは好きですし多分そこで泣きましたが(笑)、ただ少し"チート"というか例外的なキャラだと思うのでいち押しではないですね。Taku氏も「僕らと同じ視点を持っている」と言ってますけど、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』の主人公などと同じで、彼は「中世に迷い込んだ現代人」なんだと思うんですよね。そこらへんがちょっとリアルじゃないというか作為的過ぎて、他のキャラクターと同列には語れない。
・・・作者の分身の可能性が高いですかねえ、オーソドックスなところで。



#4
『スター・トレック』50年の歴史、それは公民権運動からベトナム戦争の時代に芽生えた「理想と夢」の轍 対談:☆Taku Takahashi(m-flo/block.fm)×田中宗一郎

そしてスタートレック。

Taku:自分とは違う価値観が好きとはいわなくてもいいけど、それが存在することを認めるっていうリベラルの考え方が僕は好きなので。『スター・トレック』ってまさにそこじゃないですか。


"リベラル"という言葉を使うとどうしても臭いが付くので言い換えると、「文化人類学的」なドラマですよね。ただし"宇宙規模の"文化人類学。
"ただし"とは言いましたけど、片方に「文化人類学」という相対性の学問があってもう片方に「異星人」という発想があるならば、これを結びつけるのはそんなに難しいことではないというか、実際に"SF"の一つの軸と言っていい視点ではあると思います。存在あるところに相対性あり。星籍不問。
ただ地球人を対象とすると観念的にも感じられる"相対性"が、見かけからして全然違う宇宙人やアンドロイドや機械生命体でもって描かれると、何とも"一目瞭然"で説得力を増すという。(笑)

Taku:やっぱり人間の可能性を信じているっていうのが僕がジーン・ロッデンベリーを尊敬しているところですね。『TOS』が放送されていた時期って、なんか変なこと言ったら、すぐに「お前は赤だ」って共産主義者のレッテルを貼られる時代じゃないですか。でも舞台を未来にしたら、現実ではタブーな話も入れ込める。それが『TOS』のコンセプトだったと本人も言ってて。


結局『スタートレック』シリーズの外部の人にはなかなか分からないカリスマ的な人気というのは、長らくそういうあえて言いますが(笑)"リベラル"な心情の、アメリカの文化における"拠り所"というか"避難所"として機能していた、そういうことがあるんだろうなと思います。

田中:そもそも60年代半ばに『スター・トレック』が始めたといっても過言ではない多様性っていうテーマ


そこまで言う。"過言ではない"のか。そうなのか。


田中:そうそう。『TNG』辺りまではほぼ1話完結のプロットだったんですよね。その面白さは、今、ドラマ全体から失われてるもののひとつだと思います。


これはまあ、スタートレックに限らない、大きなテーマ。
この前の『ツイン・ピークス The Return』の配信方法問題も提起していたかも知れない。
「1話」「1話」というリズムは、テレビドラマにとって大切なものなのではないかという。


以上です。


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Posted on 2018/03/24 Sat. 18:46 [edit]

category: 全般

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